【 ハリウッド女優が食べたいと欲した名食材 】
ジュリア・ロバーツが映画「食べて、祈って、恋をして」のPRのために来日した。ジュリア・ロバーツといえば、来日しないハリウッド女優として有名で、噂によれば、大の日本嫌いと言われていた。そんな彼女が来日した理由はなんと「神戸ビーフを本場で食べてみたかった」からである。
超有名ハリウッド女優をつき動かせた神戸ビーフとは、日本三大和牛のひとつ。脂肪が筋肉の中に細かく入り、筋繊維と交雑してくっきり鮮やかなサシが入った牛肉をいう。その霜降り肉は、熱を加えると、サシが溶け、口内でとろける。牛肉の持つ味と脂肪の香りがうまく溶けあい、まろやかさを醸し出すのである。神戸ビーフが旨いことは、世界的にも知られており、世界のセレブがこぞって神戸にやって来てはその味に舌鼓を打っている。今夏、初来日したジュリア・ロバーツもその評判を耳にしたひとりであったのだ。
現在、日本で三大和牛に数えられるのは、神戸牛(神戸ビーフ)と松阪牛。あとひとつの席を近江牛が入ったり、米沢牛が入ったりしている。いずれも黒毛和種の牛肉だが、米沢牛以外は但馬牛を素牛として育てられている。
【 険しい峰と豊富な草が旨い牛を育てた 】
但馬牛の歴史は古い。約1200年前に編纂された「続日本紀」には「但馬牛が耕耘、輓用、食用に適す」と書かれている。そうはいっても牛肉を食用にする習慣はあまりなく、水田の耕作や輸送のための役牛として飼われていた。牛肉を食す習慣が生れたのは明治以降。維新により、どっと外国の文化が入ってきたことによる。
但馬牛は、兵庫県北部の但馬地方にて1200年前から脈々と育ってきた。澄んだ空気ときれいな水、豊富な山野草といった恵まれた環境の中で育まれたのである。1000m以上の険しい峰が続く但馬では、牛を連れての往来が困難で、交配も同じ渓谷の中で重ねることが多かった。明治に入っても他地域が海外品種や他品種との交配が盛んだったにも関わらず、この地では純血を守って改良が重ねられた。そのために良い肉質の血統を生むに至った。
但馬牛が純血種を守って来たと書いたが、明治2~20年ぐらいの間に外国産が入って来て、交配することで牛の大型化を進めようとした時期もあったらしい。外国牛と交わると、気が荒くなり、肉質も粗くなる。それではダメだと思い、元の和牛同士の交配に戻した。その時に奇跡的に4頭の但馬牛が残っており、そこから優秀種牡牛として1200頭もの子を残した田尻号が生れている。
幕末に貿易港として開港されると、西洋人が神戸に移り住んだ。その時にイギリス人が、当時使役に使っていた牛を解体し、販売したのが神戸ビーフの始まりだといわれている。また、こんな話もある。外国人が日本を離れるにつき、神戸で食事をした。この時、持って来たのが但馬牛を素牛にした三田牛。この三田牛があまりにも旨かったために、その外国人は帰国してから「神戸ビーフは旨い!」と広めたと言われている。もし彼が「三田牛が旨い」と言っていれば、今頃は三田牛が世界ブランドになっていたのかもしれない。そう伝わっているものの事の真偽はわからない。それくらい神戸ビーフにまつわるエピソードは多いということだ。
三田牛(神戸牛)には、こんなエピソードも残っている。昨年、NHKでドラマが放映され、その人気が高まったのが白洲次郎。彼の実家は有馬温泉から近くの三田の地にあり、現在でも白洲次郎と正子の墓が残っている。その白洲次郎の祖父が三田牛(神戸牛)の飼育に関わっている。次郎の祖父・白洲退蔵は三田の生れで、三田藩の重要ポストに就いていた。その頃(幕末)の三田藩は財政危機に陥っていたそうだ。白洲退蔵は藩財政の窮状を見るに及んで、改革に着手した。そのひとつが三田牛飼育の奨励だった。
【 神戸は昔からいい牛肉が食べられる地 】
神戸ビーフの名は、神戸の居留地に住む外国人たちの声によって広まった。また、横浜でも神戸から船で送られてきた牛肉が旨かったことからその評判を世界に流したと言われている。そのためか、ニセ物も多く存在する。それを防止する意味もあって神戸肉流通推進協議会では、神戸ビーフの定義を決めている。兵庫県産牛(但馬牛)のうち、以下の条件を満たしたものしか、神戸ビーフと名乗れないことになっているのだ。その条件とは、メスでは未経産牛、オスでは去勢牛。脂肪交雑のBMS値№6以上。歩留等数がAまたはB等級。枝肉重量がメスでは230kg以上から470kg以下、オスでは260kg以上から470kg以下といったものだ。定義を記すと、難しい言葉を羅列しなければならないので、これ以上は表記しない。要は神戸ビーフは、安易に求められるものではないことだけはわかってもらいたい。
かつてホームドラマが華やかなりし頃、神戸の人にとってあるシーンが不思議に思えた。それは「今晩はすき焼きだから早く帰って来なさい」と母親が子供に言うシーンだ。一般的には、すき焼きに使う牛肉がごちそうなので、そんなセリフを言ったのであろうが、神戸の人は牛肉が他所より身近にあったためにそうは受け取らなかったようだ。それくらい神戸は、全国のどの地よりもいい肉が集まる所だったのである。神戸っ子は、今でも地方に行って焼肉屋には入らないと言われている。なぜなら神戸でいい牛肉がいつでも食べられるからである。せっかくそんな神戸(有馬温泉)まで来たのなら、この地の名産品として神戸ビーフの美味しさを堪能してはどうだろう。
文、曽我和弘