最近買った本に「なぜ三ツ矢サイダーは生き残れたのか-夏目漱石、宮沢賢治が愛した「命の水」の125年」がある。
アマゾンの古本1円だったので、送料を250円、合計251円で買った。有馬サイダーと1本買ったみたいなものだ。この本はアサヒビールでしばらく顧問をした人が書いたもので、少し取材を受けた事があった。そこで改めてサイダーの歴史を知ろうと購入した。
開国して外国人が日本にやってきて色々なモノが始まった。
オランダ人がやって来て、有馬温泉で毒水を恐れられていたモノが、有益な炭酸水だとわかった。 その水を販売し、サイダーを作り、炭酸煎餅をつくった。
話は変わって”お得感”をうるという商法
“アウトレット”というやり方や”○○セール”という馴染みの商法も昔からある。
しかし極一部の高級ブランドや確実に売れるとわかっている所は価格を下げない。
炭酸煎餅がそれに当たるのではないか?
何故? 炭酸煎餅は価格を下げなくてもやっていけるのかを旅館業とと比較して考えてみたい。
旅館の商品は客室で、一日の売れる量が決まっている。客室数以上は客を取る事が出来ない。 その日売れなかった客室は明日売る事が出来ない。つまり生鮮食料品と同じだ。
閉店時間が近付くと値引きをしても売ってしまいたい。
一方、炭酸煎餅の賞味期間は長い。夏休み前の梅雨の時期、6月7月、有馬温泉の来客数は少ない。
旅館は集客に苦慮し、各種割引プランを作成し必死で客集めを行う。値引きも行う。 しかし、炭酸煎餅メーカーは来るべき夏休みに供えて炭酸煎餅を製造すれば良い。
有馬温泉に客が来る時は休みの日が多い。つまり販売の学生アルバイトも得やすい。商品も限られているから教育もしやすい。
かつて有馬温泉は大型旅館の建設ラッシュが起きた。つまり有馬温泉の客室が増えた事により観光客数は増加した。
当時、一軒の店で職人を抱え、1枚1枚炭火で焼いていた炭酸煎餅屋は増加した観光客の需要に追い付かなくなってしまった。その店で働く職人たちはそれぞれ独立し、最新機械を導入し需要にこたえるように炭酸煎餅メーカーとなった。
客にとっては炭酸煎餅だったら何でも良かった。煎餅に刻印されている名前が少々違っていても味が少し違っても関係なく購入された。
なぜならば旅館の売店で炭酸煎餅が売れるのは一瞬の限られた時間。
それが何社も包装の異なる炭酸煎餅が売られていたら売店の担当者も困るという事は理解できる。
また客は有馬温泉に来て○○旅館に泊まり、土産物に炭酸煎餅を買ってきた。という事が必要で、どこどこの炭酸煎餅を買ってきたという事は求めてなかった。だから炭酸煎餅の包装紙は○○旅館のモノであった。
炭酸煎餅メーカーはいかに自社の煎餅を客の手の届きやすい所に置いてもらうかで、売店担当者や宿の主人に媚を売っていたと言ってよい。
この辺の関係は、修学旅行を主に受け入れている旅館と同じではないか?
客・・・学生が主体ではなく、引率の先生や旅行代理店に媚を売れば、また来年来てもらえる。
炭酸煎餅メーカーも味のこだわりや自前の店で売る努力をしていなかった時期がある。
その頃、私は「10円玉製造機」と炭酸煎餅の製造機械を見て言って怒られた事がある。
炭酸煎餅はメリケン粉とふくらし粉と砂糖だけで作られる。ちょうど10円玉ぐらいの大きさのモノが機械で焼き上げられると1枚の煎餅になる。
モノを売るには販売手数料がかかる。土産物の場合通常30%~40%が店舗に入る。残り70%から60%の中から卸し会社がマージンを取るので、製造元には30%から40%となる。だから何処にでもある土産物の製造原価は20%ぐらいと言える。炭酸煎餅の場合は卸し会社は存在しない。
当時500円で売られていた炭酸煎餅は35枚入りで、旅館には350円ぐらいで入っていたので10円玉製造機と揶揄してしまったのだ。
ところが阪神淡路大震災が起こり、状況が変化した。
宿泊客がないので旅館は温泉と昼食を売りだした。
日帰り客は近郊の人が多かったので、炭酸煎餅が売れずに暗い時期があったと推察する。
しかし1年もたつと旅館に宿泊客が戻り、旅館は夜の宿泊客を迎える為に、日帰りの客を街中に出すようになった。すると町歩きをする人が増えてきた。
そうなると新しい店舗が出来、外湯も整備されると旅雑誌やマスコミで有馬温泉が取り上げられるようになってきた。
その中で1軒のメーカーが昔ながらの佇まいで、非効率な半自動の機械を使用して「手焼き煎餅」の実演販売を始めた。
必ずマスメディアが取り上げ、その店は繁盛した。その店の繁盛ぶりを見て近所の他業種の店舗も昔風に修景し、賑わいを見せた。その動きは今も続き、街並み条例や有馬の新たなマスタープランづくりに繋がっていった。
ちょうど旅館で例えると御所坊の様なものだ。近代化、大型化に背を向けて昔風の佇まいを残し、手焼きせんべいの様な訪れる人に対して少しだが”驚き”を加えた。
それはホテル花小宿や有馬玩具博物館、有馬山叢御所別墅に続いている。
これは最初、27年前に金の湯(当時は有馬本温泉と呼ばれていた)の前にカフェドボウを開店した時から考え方は変わっていない。
所が、ここ5年6年様相が変わってきた。
有馬温泉に来る客の有馬を知るきっかけが、旅行代理店から雑誌やマスコミに変わりインターネットへと変わっていった。
じゃらんや楽天に代表されるネットエージェントの世界になり、インターネットでは誰もが発信できる時代となった。
クチコミという方法で利用者も情報を発信できる。例えそれが間違っていたり悪意や嘘であっても発信できる。
利用者はウソや真をも入り混じれている多くの情報の中からモノを選ばなければならない時代に突入した。
価格設定も難しくなった、飛行機の価格も刻一刻と変化する。それが当たり前になった。
インターネットが普及して、安く買おうと思えば、工業製品等はメーカーが保証してくれるので店頭に行く必要がなくなった。本を買おうと思っても送料が250円と高いと思っても古本を1円で買えばそれで満足するようになった。
各炭酸煎餅メーカーも重い腰をあげた。それまで大手旅館で売れれば良いと考えていた所も、製造機械の特性を活かして少量多品種の煎餅を販売する所や、さらに昔のように1枚1枚手焼きで実演販売する所が出てきた。
炭酸煎餅メーカーは確実に旅館の売店での売上と直販を考えながら新たな動きを模索していると考える。
同様、御所坊グループもいろいろ模索をしている。
今回、兵庫県のおじろとの関係で他の旅館では入手できない新しい肉。”但馬玄”が手に入るようになった。
これをどう活かしていくか!?
どう実演販売のように本店に来ないと味わえない”驚き”に仕立て上げるか!?
その他の試みている取り組みを集客につなげるかが大事だと考えている。
しかし懸念している事がある。
30年前は温泉地に若い人やご婦人ばかりでは来ていなかった。 それが今来て頂いているが、そろそろ温泉地や旅館も飽きられているのではと危惧している。
今さらではないがスマホや携帯でお金を使う。温泉に行きたければ近くにスーパー銭湯がある。LCCを使えば今までなかなか行く事が出来なかった遠方に出かける事が出来る。
そして泊まるなら気を使わないでホテルで各自部屋を取り、その土地の美味い物を食べに出かければ良い。
USJやTDCは次から次へと夢を見せてくれる。10.000円も出せは往復バスに乗って1泊2食の温泉旅館が味わえる。
少し前までは温泉地に行くのは非日常であった。
温泉地に行くのはイツ?
テレビのように「今でしょう!」では・・・・・残念ながらない。
炭酸煎餅も飽きられているのではないか!?
私は人にお土産として持って行くのは炭酸煎餅。他の商品が見当たらない。
2.000円~3.000円ぐらいのモノにしたい時には大変困る。嵩ばかり大きくなるだけで高級感がない。
旅館も同じではないだろうか?
他にはない”驚き”や”価値”が無いと続いていかない。