有馬温泉の自然

有馬温泉は風水の好適地 (有馬温泉が日本一のパワースポットだ!を検証する その-1)

もうずいぶん前の事になるが、有馬の将来構想を考えている中で「価格が高い」とお叱りを受ける有馬温泉に、なぜ人は来るのだろうか?それも神代の昔から。それは有馬という土地が人々を集める力を持っているのではないか!?という仮説をたてた。

宗教には3つの要素が必要という。思想と建築学と医学。道教は思想として老子や荘子の考えを基にした老荘思想。そして医学として気学。建築学として風水学で構成されているという。有馬温泉は風水学でいう気の溢れる場所ではないだろうか?

奈良時代に有馬を発見したのは行基。行基は堺生まれで父親は渡来人の僧であったという。堺から六甲の山の形を見て温泉がある事を知っていたのだろう。そして温泉を仏教布教の為の道具として病気に悩む人を癒し利用した・・・・

その様な仮説を色々たてた事で風水学の本を読みはじめた。有馬の高台に登ったり地図で山の形を想像し有馬は風水学で良いとされている地形と同じだと思った。現在はグーグル・アースで簡単に航空写真が見れ、僕が建てた仮設は間違っていなかったと確信している。

次男の夏休みの宿題で何か研究をする事にした。やはり有馬温泉で生活している以上、温泉をテーマにした「有馬の温泉は何故?赤いか!」。温泉には塩分と鉄分が多量に含まれている為に湧出時は透明だが空気に触れて酸化して赤茶色くなる。時間の経過と酸化する様子を写真で説明したり、スケールの付きやすい温泉の掃除方法を紹介したりした。そして神戸市の建設局に行き温泉と関係の深い断層の話を次男と一緒に聞きに行った。そして神戸市の断層マップをもらって帰って来た。この断層マップに泉源の位置を書き込むとちょうど断層上に泉源がある事がわかった。

この「有馬の温泉の研究」は小学生の宿題としては高度だったのか、良い評価を得られなかった。親が手伝っているのがバレバレだったのかもしれない。しかしこれが少し後、非常に活躍する事になる。

その年の11月の終わりか12月のはじめに業界紙の対談が行われた。もし平成の大津波が有馬を襲い空地になったら、どの様な温泉地にしたいかという議論を行った。未来を考える上で、どうしても現状の状況がある。そこで真っ白にして他人の土地に勝手に絵を描いて一度理想的な温泉街を考えてみようという試みだった。当時の観光協会の首脳陣が参加した。その時、有馬温泉は風水学的に良い場所だという意味で有馬の町のマンガを描いた。

この業界紙の発行の日付は1955年1月25日。20日には全国に配布されていた。阪神淡路大震災発生3日後の事である。この地震で多くの人々が断層に興味を示すようになり、その説明をする際に夏休みの宿題の温泉と断層の図が非常に有効になった。

そして震災後の復興の過程を取材してくれるテレビ局があった。その時に有馬の温泉と断層と地震の話をし、風水学的に良い土地ではないかという話をプロデューサーにした。彼はその後、知り合いの風水師を伴って山に登り検証してくれた。そして答えは「有馬は京都と並ぶ風水の好適地だ!」

有馬温泉は風水の好適地 (有馬温泉が日本一のパワースポットだ!を検証する その-1)

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